2012年05月23日

「人形の家」

小学校2年生のときでした。
クラスメイトが下記↓のような表紙見開きの本を読んでいたんですね。

SH3B0128.jpg

当時、お人形遊びがまだまだ大好きだった私は、描かれたドールハウスにたまらなく興味がひかれ、「何それ!どんな本?」とクラスメイトに尋ねたところ、この本のことを教えてもらったのでした。



その後、クラスメイトに続いて図書室で借りて読んで以来、「人形の家」は私にとっては大好きな、大切な物語のひとつとなったわけなんですが、大人になってから我が子に読んで欲しいと思って購入したところ、現在出ている岩波少年文庫版では、上記のドールハウスの中の様子を描いた挿絵は掲載されていないんですよね。
なのでずっと、上記の挿絵が掲載された懐かしいハードカバー版を探していたのですが、先日たまたま覗いた古書店で発見!!
勢いで買ってしまいました(笑)
今読み返しても、ホントに素敵な、心痛む優しい物語だなぁと思います。
でも今の子には受けないんですよねぇ。
出来れば少年文庫版にも、上記のドールハウスの内部を描いた挿絵をつけてほしいですね。
そしたら少しは、興味を持って読む子どもも増えるんじゃないのかなぁって、思うんですが……。


posted by しき at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

映画「まぼろしの白馬」



かなり以前に、友人から借りて読んで、お気に入りの一冊だった「まぼろしの白馬」

それが映画「ライラの冒険」のダコタ・ブルー・リチャーズ主演で映画されると聞き、本を再読しつつ公開を楽しみに待っていたのですが、結局日本では公開されなかったのですね。

でも、見たい気持ちが押さえられず、探してみたらDVDは発売されているじゃないですか!
なので、早速買ってしまいました。

SH3B0022.jpg

【DVD】 ムーンプリンセス 秘密の館とまぼろしの白馬
時間がなくてまだみていないのですが、どんな映画に仕上がっているか楽しみです。
posted by しき at 21:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

[Blu-ray]LOTRーDVD

amazonからのお知らせメールで知りました



出るだろうなぁと思っていたのでやっぱりって感じですね。
我が家はまだBlu-ray未対応(笑)なので、買うかどうかはもう少し考えておこうと思います。
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2008年11月09日

清水真砂子さん講演会「子どもたちを本の世界へ」

本日、ゲド戦記の翻訳でおなじみの清水真砂子先生の講演会を、滋賀県まで聞きにいって参りました。

今日のお話は、ご自分の仕事のことや、教授として接していらっしゃる大学生たちから伺えることなど、とても優しい暖かな視線から、子どもの本に対する愛情の籠もったお話を聞かせくださいました。

印象の残ったお話としては、児童文学はハッピーエンディングでなければいけないと。
子どもが読むものは、生きるって素晴らしいな、大きくなることって素敵なんだよと思わせるものでなくてはいけない。
人生なんて何があるのかわからないなどということは、子どもに言ってはいけないという説には、深く頷かされました。

また本を読むということは、他者を知ることだと。
自分の身近だけでは知り得ない別の考え方を教えられる機会であり、別の世界をかいま見ることが出来る事であるというお話も、とても興味深いなと思いました。

そして私が一番耳をダンボにしたのは、やはり「ゲド戦記」のことだったのですが……。

ファンタジーファンとしては、ちょっと悲しむべきことだったのですが、清水先生、そしてル・グウィン女史はどうも「ゲド戦記」をファンタジーだと捉えていらっしゃらないようなのですよね。
なので、世界三大ファンタジーの内の一作という看板は偽りだということなのかしらと。
いや、こう書くと語弊があるかもしれませんが、あるところで「ゲド戦記」とファンタジーについて語ってくれという講演の依頼に、「『ゲド戦記』を、ファンタジーとして語れません」とおっしゃったそうなので、清水先生にとってゲド戦記とは、単なる異世界が舞台の、非現実的な力を持つ主人公が、非現実的な出来事を解決して、平凡な日常を手に入れるまでの、ただそれだけの物語だと捉えていらっしゃるのかなぁと、お話を聞いてそう感じました。
老いた夫婦が、平凡な日常を手に入れるまでの物語だと。

でもそう言われてもみれば、壮大な闇と光の戦いがあるわけでもなく、いわゆるハイファンタジーのような作品がイコール「ファンタジー」だとしたら、ゲド戦記は少し毛色が違うよなと思い、それほどひどいショックを受けたわけでもなかったんですよね。
それに、清水先生にとってのファンタジーが、どんなものかはお話からはうかがい知ることは出来なかったのですが、ファンタジーって今じゃ人それぞれ、結局なんでもアリな部分もあるじゃないですか。
だからその人それぞれで、「ゲド戦記」はファンタジーだと捉えてもいいじゃないと思ったんですよね。
だたそれが作者の意図と違っているのであれば、ファンタジーだと捉えることは、申し訳ないかなぁとも思うのですが……。

そんなことで、ファンタジーファンとしても、児童文学好きとしても、とてもためになった講演会でした。
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2008年06月03日

「ナルニア国物語〜秘密の年代記〜」




今日、購入するときの参考用の、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ女史の日本語訳本のリストを作り直していたんですね。
で、amazonで「ダイアナ・ウィンジョーンズ」で検索して、リストからもれてる本を確認していたら、上記のDVDがひっかかったわけなんです。

「え〜!なんでこれがジョーンズ女史に関係あるの?」
と思って、ざっと調べたところ、なにやらジョーンズ女史がC・S・ルイスについて語ってるとか!!
そういえば、ジョーンズ女史はトールキンのオックスフォードでの教え子だから、当然ルイスも知ってるわけですよねぇ。
(教えてを請うていたかどうかは知らないのですが……)

「みたい!みたい!すっごくみたい!!」
と思うわけなんですが、実際のところどんなもんなんでしょ?
レンタルもあるようなのですが、もし近場のレンタル店に置いてあるのなら、それを見てから買うかどうかを判断しても良いかな?とは思っているのですが……。

え〜、このblogをご覧の方で、このDVDをご覧になった方いらっしゃいます?
もしよろしければ、どんなものだったかコメントで教えていただければ嬉しいです。
posted by しき at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

ライラの冒険シリーズ









映画を見る前に、原作を読んでしまおう!と思い、ラスト近くまで読んでずっと放置していた「黄金の羅針盤」を含む「ライラの冒険シリーズ」を読了しました。
この作品は、映画化の話がでる以前に、某アカデミー賞ファンタジー映画の公式サイトの掲示板(と書けば、わかる方はわかりますよね?・笑)で、お勧めされていたのをきっかけに読み始めたんですが、正直「黄金の羅針盤」自体はあんまり面白いと思えず、だからこそ何年も積読本に紛れさせていたんですよね。
それが、映画をきっかけにしてシリーズ全部を読破することになりました。

物語は……

「ダイモン(守護精霊)」と呼ばれる、自分自身の魂の半身である生物と共存している、こことは違ったよく似た世界。
その世界におけるイギリスのオックスフォードに住むおてんばな少女、ライラの回りで、子どもが連れ去れる事件が起こり始めていた。ライラは、ある出来事をきっかけに真実を示す黄金の真理計を手に入れ、連れ去れた子どもたちを救うため北極へと旅たつ──。(黄金の羅針盤)

といったものですが、う〜ん、面白かったことは面白かったんですが、正直手放しで「面白かった!」といえるような作品とは思えませんでした。
いや、「琥珀の望遠鏡」までは面白かったんですよ?
読み出したら止まらず、けっこう一気に読んでしまったんですが、なんというか、物語世界が不透明というか、個々のエピソードのまとめ方になっとくがいかないというか、うん、ラストが気にくわないってわけじゃないんですが、なにか読後がすっきりしないというか……。
そうですね、一言でいうのなら物語が不完全燃焼で完結しているといえば良いでしょうか。
もっともっと、個々のエピソードを、それぞれの世界を、掘り下げて描いて欲しかったと私なんぞは思うのですが、あのさらりと触れるだけの描き方のほうが、良いという場合もあるでしょうね。

とりあえず、私個人は「これで終わらすのっていろいろ納得いかなぁ〜い!不満だ!」と思ったのですが、とりあえず、脳内で個人的に補完してみようかな?と思っています(笑)
posted by しき at 14:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

ファンタジーって何だろう?

昔、自分の回りの本好きな友人とファンタジーを語るとき、意見の衝突や考え方の違いなどを感じることはありませんでした。
もちろんそれは、友達同士だからでもあるでしょうが、後年、某ファンタジーの研究会の例会にお邪魔したり、自分の好きなファンタジーの同好の士が集まる場所などで、他の方のファンタジーについての思いや、考え方を聞いても、納得はすれど、違和感を感じるようなことはなかったんですよね。

でもこうやってネットで、いろんな方の意見を目にするようになってから、「ファンタジーって何?」って思うことが度々あります。

ある方が「これはファンタジーです!」と力説している本が、私にとってはファンタジーだと思えないことがあったり、最近では映画の「テラビシアにかける橋」ですね。
あの映画を、「ファンタジー」だと捉えていらっしゃる方をけっこうお見かけするのですが、私にとってあの作品はファンタジーじゃないんですよね。
それは私が原作を読んでいて、原作の味付けと映画での味付けが違うせいかもしれません。
また、私にとってファンタジーとは、「現実とはかけ離れた違う世界が、確実にリアルにしっかり存在してる物語」なんですよね。
だから、あくまでも空想の世界、ごっご遊び、なりきりの産物であるテラビシアをファンタジー的な異世界と認められなかったりするからかもしれませんが……

一体なにを持って「ファンタジー」っていうんでしょうか?

「ファンタジー」=なんでもアリな世界?

「ファンタジー」=(魔法の)異世界?

このblogをご覧くださっている皆さんにとってのファンタジーって、何ですか?
posted by しき at 14:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

タイムトラベルものはSF?orFT?

カテゴリを二つ増やしました。
「闇の戦い」シリーズ関連と、ファンタジーに関する話題は、このカテゴリで綴っていこうと思っています。

え〜、そんなことでここ数日、see-saaが重くってなかなか管理画面に入れなかったため、更新もコメントのお返しも滞っておりました。
今も、まだ調子がよくないようなので、コメントのお返しも遅くなるかもしれませんが、ご理解いただければ幸いです。

さて、話はかわりますが、映画「光の六つのしるし」の情報および感想をネットで拾っている時、映画とはまったく関係なく、原作の感想を綴っていらっしゃるサイトやblogをいくつかお見かけしました。
で、そんな中のとあるblogの感想が、少々気になりまして……。

というのもですね、そのblogでは「闇の戦いシリーズ」を、ただ単純なタイムファンタジーだと捉えていらっしゃるようなんですね。
「闇の戦いシリーズ」における“現実世界と異なる”世界は、全て過去の世界であって、だからこの作品における魔法というものは、科学で説明できるものだというように、書いていらっしゃって……。

もちろん、そのブロガーさんの読み取りの仕方とか、ファンタジーに対する考え方によって、文章に対する受け取り方も違ってくるだろうとは思うのですが、なにせ、通りすがりにそのエントリだけを読んだ私には、そういう感想もありかと興味深く読ませてもらうと共に、どうしてもちょっと突っ込みたくなってしまったのが、正直な気持ちだったりします(笑)

そんな事で、その感想を読んでから私が気になったのが、
「魔法=科学なら、タイムトラベル系のファンタジーはことごとく、SF的(科学的)な方向の物語だと思われているんだろうか?」
ということでした。
一体、タイムトラベルものが、SFに分類されるかFTに分類されるか、その明確な線引きの条件みたいなものはあるんでしょうか?

タイムマシンのような、近未来的なメカや物語の舞台が未来などの(現代の私たちからは)想像である世界で、その世界から異世界(つまり現代世界)にタイムトラベルする、もっと簡単にいえばドラえもん状態のような場合なら、SFに分類されるんでしょうか?
もしくは、児童書には昔から、「トムは真夜中の庭で」や「時の旅人」といったような秀逸なタイムトラベルものがありますよね?
で、これら二つの作品はタイムファンタジーだと称されていることがよくあります。
ならば、(私たちがいる)純然たる現代から過去へタイムトラベルする場合、それはファンタジーだということになるのでしょうか?

または、SFを「スペース・ファンタジー」「サイエンス・ファンタジー」だと呼ぶこともあることから、SFはファンタジーの一部である……、なぁ〜んて言い切っちゃったらダメですか?(笑)

タイムトラベルものを、SFとファンタジーに分別するのなら、どういう基準でわけられているのでしょうか?

「こうこう、こういう理由からですよ?」
とか
「ホントのところはどうなのかわからないけど、自分はこうだと思う」
というご意見等がありましたら、よろしけれコメントいただければ幸いです。
posted by しき at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

「指輪物語」へと続く道

先日の図書ボランティアの活動中のこと。
夏休み用の本の貸し出しの手伝いをしていたんですが、そのとき4年生の女の子が、ナルニア国物語を借りていくのを見つけて、びっくりすると共にとても嬉しくなりました。

以前、このエントリ
「ハリー・ポッターを初め、その後倣うように出版された現代のファンタジー作品に親しめる子供は多くても、そこから『ナルニア』や『指輪』に到達できる子は少ないんじゃないか」
と思ったことを書かせていただいて、その後こちらのエントリでも
「(瀬田訳が)
・ですます調で読みにくい
・漢字はやたら少なく、かえって読みにくい
・有り得ない古風な表現
・ほとんど時代劇
なとど表されるのであれば、ハリーポッターから続く道は、細く長く、そして険しすぎるものではないかと、実感せずにはおれない」
と書きましたが、小学生で「ナルニア」を読んでいる、読もうとしている子を間近でみて、
「『指輪物語』へと続くかもしれない道を、歩もうとしている子は確実にいる」
ことを、実感した次第です。

で、ふと思ったのですが、小学生のときから瀬田訳に代表されるような古典的な物語に触れていれば、上記に書いたような

・ですます調で読みにくい
・漢字はやたら少なく、かえって読みにくい
・有り得ない古風な表現
・ほとんど時代劇

というような感想をもたれるということはないのではないでしょうか?

こちらのエントリでもご紹介した、脇明子さんの「魔法ファンタジーの世界」という本の中で、
「大学生の中には、ファンタジーの面白さを理解できていないものが多い」
というようなことをおっしゃっていて驚いたんですね。
さらに
「ごっこ遊びをしている年齢のうちに、ファンタジーに親しんでいれば、ファンタジーの面白さが容易に理解できるだろう」
というようなこともおっしゃっていたので、やはり小学生のころから、良質の物語、良質のファンタジーに触れるのが、「指輪物語」への近道なんじゃないかなぁと、思った次第です。

それから、これはすごく穿った見方かもしれませんが、映画化をきっかけに「指輪」や「ナルニア」を読んで、瀬田訳を「馴染めない」「合わない」とおっしゃっている方は、小学生のころからファンタジーに触れておられたのでしょうか?
ビジュアル的な、つまりゲームやアニメでの「ファンタジー」には触れていても、物語としてのファンタジーに触れた経験が少ないから、物語に入りづらい。
それを、訳の文章のせいにしているということはないでしょうか?

いつもお邪魔している指輪ファンのサイトで、瀬田さんの文章は「死語の世界」になったのかと嘆いておられた方がいらっしゃったのですが、瀬田さんの訳や、昔ながらの物語の文章が現代では馴染めないものになっているのではなく、子どものころの読書経験のまずさ、乏しさから、その物語の世界に容易く入って馴染むということができないということであって欲しいなと思ってしまったのですが、いかがでしょうか?
それとも
「自分は、小学生のころから古典的なファンタジーも読んできたが、それでも瀬田訳には馴染めない」
という方もいらっしゃるでしょうか?

ご意見をお持ちでしたら、ぜひともお願いします。
posted by しき at 17:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

険しいFTへの道

先日のナルニア映画の感想に、こちらのblogからTBしていただきました。
で、覗きに行かせていただいたのですが、「ああ、やっぱり今はこういう感想が多いんだなぁ」とちょっと悲しくなってしまったんです。

某巨大掲示板でも、ナルニア日本語原作に対して
「ですます調で、ひらがなが多いと読みにくい」という意見があり、それに対して
「ですます調で、ひらがなが多いと読みにくいと言ってるヤツは、子供のころあんまり本を読んでいないんだろう」と反論されていて、私は後者の意見に思わず賛成してしまったクチだったりします。

実際、先日やっと「ライオンと魔女」を読み直したのですが、読んでいて子供のころ感じたワクワク感、物語の世界にスッと入り込める楽しさがあふれんばかりに蘇ってきて、思わず懐かしさでいっぱいになってしまいました。

瀬田さん訳の古めかしい言い回しや、言葉遣いも、むしろ大人になってからのほうが「こんな言い回しを使ってられたんだ」と気付いてびっくりしましたね。
でも、子供の時はぜんぜん気にならなかったし、むしろそれがこの物語の中では普通だと感じていました。
「巨人ごろごろ八郎太」や「泥足にがえもん」などの瀬田さん独自の訳も、面白い、この世界ならあり得る名前だと思われるのです。

でも、今の若い人には、それが素直に受け取れないのでしょうか?
カタカナ名前に慣れた現代では、瀬田さんの、子供のための、子供が読むことを常に考えて訳された文章では、納得できないものとなっているのでしょうか?
それはそれで、残念なように思えてなりません。

先日このエントリで、
「ハリー・ポッターを初め、その後倣うように出版された現代のファンタジー作品に親しめる子供は多くても、そこから「ナルニア」や「指輪」に到達できる子は少ないんじゃないかと思ったんですね」
と書かせていただきましたが、
やはり
「ですます調で読みにくい」
「漢字はやたら少なく、かえって読みにくい」
「有り得ない古風な表現」
「ほとんど時代劇」
なとど表されるのであれば、ハリーポッターから続く道は、細く長く、そして険しすぎるものではないかと、実感せずにはおれないのです。

反対に私は、ハリーポッターの翻訳には、未だ馴染めないでいます。
もちろん、ハリーはキライじゃないし、面白いと思いますよ?
でもあの翻訳文は、どうしても素直に読ませてくれないし、頭の中にその物語世界を映しだしてはくれません。
また最近のFTの中には、読みたくて仕方ないのに、その日本語訳がいまいち受け付けられないものもあります。
なので、私にとっては「ハリーポッター」よりも「指輪物語」や「ナルニア」、そして子供のころに読んできた児童書FTのほうが、面白く感じられるのです。

だから……。
できることなら、昔から読み継がれてきた物語は、これからも長くずっと読まれていって欲しいものだと思わずにはおれません。
例えそれが「古文」だと言われるようになっても……。
posted by しき at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 大好き!ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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